SADAについて

SADAについて

SADA’s オーダースーツの着心地と楽しさで、日本のビジネスシーンを明るく元気にします!
SADAグループとは
仙台と北京の自社工場で、年間12万着のオーダースーツを生産するオーダースーツ専門メーカー。
仙台郊外の三本木工場
仙台郊外の三本木工場

 SADAグループは、仙台郊外と北京郊外にオーダースーツ専門の自社工場を所有し、日産500着、年間12万着のオーダースーツを日本市場に届けている、オーダースーツ最大手メーカーの1社です。 この着数を流すことで、様々なコストにボリュームディスカウントを効かせ、お値段以上の製品の供給を実現しています。

仙台工場縫製ライン
仙台工場縫製ライン
仙台工場の自動裁断機(CAM)
仙台工場の自動裁断機(CAM)
CAD(自動設計システム)、CAM(自動裁断機)を駆使した、高度に自動化されたオーダースーツ縫製が特徴。
左:北京工場の自動裁断機(CAM)右:自動設計システム(CAD)
左:北京工場の自動裁断機(CAM)
右:自動設計システム(CAD)

 SADAグループが製造しているオーダースーツは、言わばマシーンメイドのフルオーダースーツです。
 採寸員がお客さまお一人お一人を採寸したデータから、コンピューター(CAD)上でお一人お一人のオリジナルパターンを作成します。そして出来上がったパターンを工場の工程に送ると、自動裁断機(CAM)が生地1枚1枚を、1mmの違いなく裁断し、裁断後はラインになった縫製工程で縫い上げられます。
 日本の職人の技を機械に代行させることで、品質と価格の両立を実現いたしました。

創業90年を迎える老舗企業。
戦後佐田家を再興した二代目・茂司
戦後佐田家を再興した
二代目・茂司

 SADAグループは、戦前は神田の地で服飾雑貨卸を生業としておりました。初代は佐田定三、1923年創業(法人化:1957年) です。太平洋戦争を経て神田は焼野原となりましたが、この地に満州より生還した2代目・茂司が、羅紗(ウール生地)卸「佐田羅紗店」としてSADAグループを再建いたしました。尾州産地(現在の岐阜県)から、列車の屋根に噛り付きながらウールの原反を神田に持って来ていたという勇壮な逸話が残されています。
 そして生地卸業から縫製業へ進出し「佐田被服工業」を設立、さらに現在は小売店である「工場直販オーダースーツSADA」を展開するまでの企業グループに成長することができました。
 長い歴史と伝統が培った技術・ノウハウを活かしつつ、生地仕入れから縫製・販売までワンストップで行うことでコストの最適化を実現し、高品質のオーダースーツをリーゾナブルな価格でご提供することを可能としております。

後の『佐田被服工業』写真      後の『佐田被服工業』写真
廃校の体育館で縫製業を開始。後の『佐田被服工業』
オーダースーツの海外縫製No.1メーカー。
北京郊外の北京工場
北京郊外の北京工場

SADAグループはグローバル化の先駆けとして、
最も早く海外に進出したオーダースーツメーカーです。

江沢民国家主席と北京工場メンバー
江沢民国家主席と北京工場メンバー

 3代目・久仁雄は、かの天安門事件の最中も北京で合弁交渉を続け、1990年に北京工場「北京佐田雷蒙服装有限公司」の設立に漕ぎつけます。満州で毛沢東軍に親友を殺されたと反対する茂司を説得し、北京進出を断行したというエピソードからも、このプロジェクトに懸けた久仁雄の決意がうかがえます。当時の江沢民国家主席や朱鎔基首相も工場を訪れ、オーダースーツをお仕立てになっております。

王毅駐日中国大使が神田・秋葉原ショールームに来店
王毅駐日中国大使が神田・
秋葉原ショールームに来店

 久仁雄は中国の人材育成にも力を入れ、日本の工場に多くの研修生・実習生を受け入れました。そのため現在の北京工場の幹部のほとんどが、弊社の仙台工場で約3年の訓練を積んだ、日本のモノづくりを熟知したメンバーとなっております。
 現在もオーダースーツの海外縫製No.1メーカーとして、国内でも中国でも、高い評価を頂いております。久仁雄が口癖の様に言っていた「アジアは一つになる。日本のモノづくりを北京で。」という言葉。その理想が、今、花開いております。

社会貢献活動の一環として、プロスポーツチームに公式オーダースーツを提供。

 2シーズンJ1を戦い、再びJ2に降格してしまっていたベガルタ仙台様より、2005年にご連絡をいただいたのが、スポーツ界とご縁を持つキッカケとなりました。
 サッカーはイギリス発祥のスポーツらしくドレスコードがあり、特にJ1では試合・練習以外で人前に出るときは、スーツ着用が強く推奨されているそうです。2年間選手各々が購入したスーツを着用させたそうですが、多くの選手が、ジャケットの肩が落ちていたり、スラックスがお尻に食い込んでいたりと、とにかく見ていて「がっかりするほどカッコ悪かった」とのこと。既成スーツは身長とウェストの2軸のみで人間の体型を決めてしまうため、体を鍛え上げたプロスポーツ選手にフィットする可能性は極めて低いのです。そこでオーダースーツならば課題を解決できるのではと、ホームタウンの側にオーダースーツ専門工場を構える弊社に、ご連絡をいただきました。この時にオーダースーツをご提供させていただいた結果、スーツでアウェーに乗り込むときの一体感と迫力が変わったと、とても喜んでいただくことができました。そしてご紹介からさらなるご紹介へと広がっていき、今では多くのプロスポーツチームとご縁をいただくことが出来ております。
 スポーツ経験者、現役スポーツマンの方には、ぜひ一度、オーダースーツをお試しいただければと思います。ベガルタ仙台の方々と同じような感動を、ご提供できるかと思います。

ベガルタ仙台2006ポスターベガルタ仙台2007ポスターベガルタ仙台2008ポスター
ベガルタ仙台へオーダースーツ提供を開始した当時のポスター
社長挨拶
代表取締役 佐田展隆
これは世の中に必要とする人が、もっとたくさん居るはずだ

 私が父の会社に戻り、自社で仕立てたスーツに初めて袖を通した時の素直な感想です。
 高校までサッカー、大学ではスキーノルディック複合をやっていたため、私自身が自覚なく平均男性とは違った体型でした。入学式のスーツやリクルートスーツは父に作ってもらっていたのですが、社会人になってからは地方勤務となり実家を離れていたため、通常の既成スーツを購入しておりました。今思えば、尻デカ・短足だった私は、ヒップに合わせてスーツを選んだ結果、肩も腹回りもダボダボのジャケット、ウェストが余り裾幅も過度に広いスラックスを着用していたのです。「スーツ屋に戻ると違うな」と前の会社の同僚から言われ、着心地というのは明らかに外見にも出るものなのだと確信いたしました。
 そして何より、買い物をしていて楽しかったのです。ずらりと並んだ数十色から、サイズやデザインの制限なく自由に表生地を選択できることが、さらに裏地の色や柄、ボタンの色や材質を自分の好みに合わせて選んでいくことが、これほどまでに楽しいものだとは一つの驚きでした。仕立て上がって来るまでのわくわくしながら待つ時間すら楽しかったですし、仕立て上がってからは、着ているときにちらりと見える自分が選んだ少し派手な裏地になどに、何とも言えない愛着を感じました。

この着心地と楽しさを、もっと多くの人に知ってもらわなければ

 父の会社に戻り、最初に感じた直観に従い、今もこの会社を運営しているつもりです。一人でも多くの人に、オーダースーツの素晴らしさを知っていただきたいと、心より願っている会社があること、覚えておいていただければ幸いです。これからもオーダースーツをより身近な存在とすべく、一層の企業努力を重ねて参る所存です。
 今後とも、工場直販オーダースーツSADAを、よろしくお願いいたします。

  • SADAのオーダースーツは着心地が違う!
  • SADAのオーダースーツは楽しさが違う!
  • SADAのオーダースーツは安心が違う!

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