メンドーサに戻り、一息、つけましたので、今回のアコンカグア遠征について、総括したいと思います。
メンドーサに戻り、一息、つけましたので、今回のアコンカグア遠征について、総括したいと思います。結局、日本を12/27に出て、日本到着が1/24なので29日間の遠征。移動時間と準備日と予備日を除くと、20日間、山に入っていたことになります。
まず、第一ステージと言われた、トレイルヘッドから、標高3,400mのコンフルエンシアに入り、更にトレッキングで4,000m超まで行き、戻ってコンフルエンシアでレストして高度順応する段階。ここでも、吐いてしまったり、頭痛が出る人が居るそうですが、私は日本で低酸素のトレーニングをして来れたお陰か、何の問題もありませんでした。
次に、第2ステージとして、標高4,300mのベースキャンプのプラザ・デ・ムーラスに入り、5,000m超まで2回トレッキングをして、レストも入れて高度順応を進める段階。ここでも、メディカルチェックで、ドクターに「パーフェクト!」と言って貰えました。
最後に、第3ステージとして、泊まるキャンプをどんどん上げて行き、サミットを目指す段階があります。キャンプ1のプラザ・カナダ(標高5,050m)、キャンプ2のニド・デ・コンドレス(標高5,560m)、アタックキャンプのプラザ・コレラ(標高5,970m、添付した地図ではベルリンとなっていますが我々のアタックキャンプは20mほど上のコレラです)と上げて行き、サミットを狙います。この時は天候を見て、キャンプ2で1日レストを入れて、体力回復と更なる高度順応を進めました。
そして、最初のサミットの日。アタックキャンプでの寝起きで、少し頭がボーっとしましたが、深呼吸すると元に戻る程度の順応レベルで本番を迎えられました。ずっと一緒に来たツアーの2人が、前日、アタックキャンプに着いた後、高度障害で下山。1人は肺水腫だと聞き心配しましたが、病院で適切な治療を受け、回復してくれたとのこと。安心したとともに、2人の分まで頑張ろうと意気込んだのを覚えています。このサミットの日は、風も弱く、ガイドからも、「君達は運がいい」と言われて出発しました。ところが、大トラバースを渡り切った後くらいに、グラン・カナレーターに入る手前で、雪崩のリスクが大き過ぎるということで、登頂を断念することになってしまいました。体調は万全、その日の天気は最高だっただけに、あそこまでのショックは久しぶりに受けました。最高到達点で撮って貰った写真も、口角を上げてますが、ゴーグルの下は涙目。あまりに悔しく、アタックキャンプで泊まる選択もあったのですが、希望もないままあの場所に居たくなく、その日のうちにベースキャンプまで降ろして貰いました。絶望感のあまり、何を考えながら下山したかも思い出せないくらいです。
ただ、ベースキャンプに着いて、周りのガイドさんに、効率よく再チャレンジする方法を聞いていたのですが、「高度順応は出来ているのだから、滞在を伸ばして、第3ステージだけ実施するのが最短で再チャレンジする方法」と教えて貰いました。ベースキャンプに降りての翌日はレストでしたので、この情報の真偽を確認したところ、本当に何とかなりそうとのこと。新たな希望が見えた時、自分に驚くほどの力が漲ってくる感覚を、久しぶりに覚えました。このツアー申し込みの仲介をしてくれた日本のガイドの方にも、サポートと撮影の為に日本から付いて来て貰ったガイドの方にも大反対されたのですが、見えている可能性を放置することは私には出来ず、1人で残って再チャレンジすることを決意。改めて、リスケ等に対応して下さった皆様に、心より御礼申し上げます。
私の高度順応状態と体力を見てくれていたガイドさんより、キャンプ1に泊まる必要は無いので、一気にキャンプ2に上がり、翌日、アタックキャンプに泊まって、サミットデーを迎えれば、最短、3日で登れると言って貰いました。ただ、キャンプ2でレストを入れると、体力回復と高度順応を進められるから良いと言われ、そのスケジュールで動くグループに、キャンプ2から合流させて貰うことになりました。
そして、第3ステージ2回目。初回のサミットガイドさんが付いてくれて、良いペースで、キャンプ2のニド・デ・コンドレスまで連れて行ってくれました。キャンプ1を出発した合流するグループを、途中て抜いてしまうペース。疲れましたが、翌日レストだったので、良いトレーニングにもなりました。そしてアタックキャンプでは、前回のような微弱な頭痛すらなく良い朝を迎えられ、前回と同じサミットガイドさんと、4:30過ぎにコレラを出発。出発直後から、だんだんと風が強くなり、大トラバース手前から、かなりの強風に。風が集まるところでは、風速50m近く吹いてたと思います。ゴーグルを出して、もともと被っていたバラクラバーで口まで覆うよう指示を貰いました。高度が上がると息苦しくならないか不安でしたが、強風の冷気を、直接、呼吸するより、むしろ息がし易かったですね。グラン・カナレーターに入る頃には、周囲も完全に明るくなり、だんだん風も静かになって来ました。大トラバースと言うのですが、その後半は、実は登り。グラン・カナレーターは直登。その後の頂上までも、かなりの登りが続きます。標高差約1,000mなのですが、もっと登った印象。特に、標高6,500mを超えてからの登りは、息が切れて苦しかったですね。なのにサミットガイドさん、どんどん前の人抜いて行き、ペースを落としてくれませんでした。
サミットガイドさんが、かなりのペースで引っ張ってくれたお陰様で、お昼くらいにサミットに到着。頂上を示すポールで、「ちゃんとスーツ着てますから」写真を撮らせて貰いました。着いた時から、頂上休憩は15〜20分と指示。空気薄いところに長くいると、良いことが無いのでしょう。すぐに下山に入り、途中で、同じグループのメンバー2人とすれ違いました。10人グループの残りのメンバーは、もっと手前でギブアップしたとのこと。こちらの言葉で「頑張れ」という意味の「バモス」とお互い言い合い、グローブを重ね、私は下山を急ぎました。降りも良いペースだったせいもあり、15:00前にコレラに到着。サミットガイドさん曰く「時間が早いからベースキャンプまで降りるか?」と。いやいや、ちょっと待って下さい。息苦しい中、10時間近く行動してたので、無茶苦茶疲れてますって。この日はコレラに泊まらせて貰い、翌日、ベースキャンプに降りました。ベースキャンプからは、着いたその日にヘリコプターでトレイルヘッドまで。このヘリ飛行も、地表からでは見られない景色を見せてくれて、なかなか面白い経験をさせて頂きました。
ちなみにSADAのオーダースーツですが、20日間、山に入っていましたが、着なかったのは、コンフルエンシアでのレストの1日だけ。下着やシャツは変えましたが、スーツは、19日間、同じので通しました。アタックキャンプのコレラでは、寒くて着替えるのがキツイので、3日ともスーツのまま寝袋に。そしてサミットの日は、インナーとしての着用になりましたが、当然、一緒に標高6,961mまで行って戻って来ました。それでも、SADAのオーダースーツは、ビジネスミーティングに出られるレベルを維持。SADAのオーダースーツは、アコンカグア登っても大丈夫です(^^)


